うそとほんとすなとねこ

風の向くまま気の向くまま、自称読書家が今まで読んだ本を羅列する程度のブログです。

有川浩『レインツリーの国』

 どうも、沙猫です。

 弱者の権利だバリアフリーだといった話が現れて久しい今日この頃でありますが、このバリアフリーとはよく言ったものでして。たとえば若人と高齢者、障碍者と健常者の生活を妨げる「障壁(バリア)」から自由になろうって訳です。

 だがまさか、心の「障壁」すら打ち砕くもの、そいつを感じる日が来るなんて、さしもの沙猫も思わなんだ。

 今日ご紹介するのは人気作家、有川浩さんの隠れた名作『レインツリーの国』です。

 

 

 この『レインツリーの国』、お話をご存じない方もいらっしゃいましょうから、ここらでさくっとあらすじを。

 主人公は平凡なサラリーマンの伸行(のぶゆき)。昔読んだお気に入りの小説を思いだそうと、ネットの海をさまよううちに「ひとみ」という女性の読書ブログを見つけます。その本に寄せられたすてきな書評を気に入って、彼はそのブログの読者に。ひとみとも「伸(しん)」という名で感想メールを幾度か交換するうち、仲良くなりました。

 こんなに話が合うなら実際に会いたいねと、二人は一緒に遠出する約束をします。しかし映画は字幕がいいと譲らなかったり、エレベータの重量オーバーのブザーに気づかなかったり、トラブルを度々起こすひとみ。そこで明らかになったのは、彼女は聾者(耳の聞こえない人)だったということでした……

 

 

 さて。この話、一応「恋愛小説」と銘打たれてはいますものの、私はここに恋愛以上に根本的なものを読み取りました。それは「コミュニケーション」です。

 甘々なロマンスもなく、寧ろ緊迫する展開の方が多いのですが、二人の仲は着実に進歩していきます。二人がお互いを理解しようとしながら、まじめに人間関係を作ろうとしているからです。

 ひとみさんは難聴のせいで職場でいじめられ、聾者であることを恥じていました。伸さんの事も、聾者の自分を見下し優越感に浸っているんだと疑っていました。彼女に対し彼は、困りごとを主張しない事には何も解決しない、と語ります。寧ろ二人で出かけた時のように、尽くそうとする人を余計困らせるだけだと。だけど伸さん自身も、言わなくても理解してもらおうとしていたのです。何で難聴だと言ってくれなかったんだ、(それじゃこれから会う時に自分が面倒になるじゃないか)と。

 でもその根本は、お互いがお互いと仲良くやっていきたいと思っていたこと。

 

 お出かけが散々な形で終わった後、作中で伸さんはひとみさんにこうメールしました。

「ケンカしようや。ガッチリやろうや。お互い言いたいことも溜まってると思うし、仲直りするためにきちんとケンカしようや。」(p.104)

 聾者の葛藤とプライドを理解してほしいひとみさん。難聴の事を言ってくれればいいのにと、お互いわかり合いながら仲良くしたい伸さん。双方の気持ちはよくわかります。私にも盲人の友がいますから。

 だけどどんな気持ちでいても、ほんとうにそれを正々堂々ぶつけあわない事には何も始まらないのです(もっとも、ケンカとまではいかずとも、穏やかな話し合いで解決する場合もありますが)。

 晴れた日に大地を踏みしめ歩くばかりではなく、時に大雨を経なければ、地は固まりません。「レイン」ツリーだけにね。そういう所も書き切ったこの小説は、恋愛ばかりでない人間関係の基本を書いた「コミュニケーション小説」だといえるのです。

 

レインツリーの国 (新潮文庫)

レインツリーの国 (新潮文庫)

 

 

 

いつも有難うございます。

皆様に良縁がありますように。