カフカ「変身」
どうも、沙猫です。
記念すべき書評第一回は、皆大好きカフカの「変身」をレビュー致します。
※当然のようにネタバレがあるほか、一部、別の小説との比較を含みます。
ある朝、グレゴール・ザムザが目を覚ますと、大きな毒虫になっていた。
翻訳によって多少の違いこそあれ、こんな風な書き出しは、少なくともドイツ語文学の中ではとても有名なものなのではないでしょうか。
当ブログ最初の書評では、抽象的な作風で知られるフランツ・カフカの短編集
『変身/掟の前で(他二編)』を取り上げたいと思います。(この短編集には、表題作二つの他に「判決」、「アカデミーで報告する」の二編が収録されています)
「変身」はユダヤ人のカフカが受けた差別とか、障碍者のメタファーと言われていますが、私は後者の説、特に「五体と五感が後天的に不自由な人」をイメージし、「変身」を彼の自由を巡る物語なのだと考え読みました。
虫になったザムザ氏は身体の動かし方ばかりか、食の好みまで変わってしまったことに当惑します。人語も話せず満足な意思の疎通も図れません。家族はそんな彼の扱いに頭を悩ませていましたが――無理もない事でしょう。今まで通りの生活を送れないにもかかわらず、そこにいるのは紛れもなく家族の一人だという、ジレンマに苦しんでいたのですから。
さて、私は「五体と五感が後天的に不自由な人」と書きましたが、かつてそんな人が主人公の物語を読んだことがあります。『失はれる物語』(乙一、角川文庫)という、事故で右腕以外の感覚を全て無くした男の短編です。右腕の人差し指でYes・Noを伝える事しかできない自分を「物言わぬ肉塊」と称し、考えようによってはザムザ氏より悲惨な状況です。そして二人とも遺された家族に対して負い目を感じていました。
ザムザ氏は最後、献身的に世話してくれた妹にすら嫌われ、孤独に衰弱死します。しかし『失はれる物語』の男は、毎日見舞いに来てくれた妻に面倒をかけまいと「死んだふり」を続け、世界の全てが永遠に失われた暗闇のなか生きる道を選びました。
自由にも家族にも見放され、彼らはやむなく孤独になったのです。そうせざるをえなかったと気づいた時の苦しみは如何ばかりだった事でしょう。
この本に収録された四つの短編では、全体として「自由」がテーマになっているように感じました。行動する自由、家族に愛し愛される自由。人としてのアイデンティティを得る前に、気づいてはいなかったけれど確かに自分のそばにあった「自由」。そしてその自由を縛る「掟」。
チェコ人であり、ドイツ語話者であり、それでいて同化ユダヤ人の家系に生まれたカフカ。国籍も信教も曖昧な彼にとって、世界はどんなに不自由で窮屈だったのでしょうか――人の意識を保ちながら虫になったザムザ氏(あるいは「物言わぬ肉塊」?)に、自分をたとえたくなるほどには。
変身,掟の前で 他2編 (光文社古典新訳文庫 Aカ 1-1)
- 作者: カフカ,丘沢静也
- 出版社/メーカー: 光文社
- 発売日: 2007/09/06
- メディア: 文庫
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